世界 で 一番キライなひと を 愛してみた

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ぼくがきらいなひと


いかがお過ごしですか〜?

 

最後の
ブログ更新が7月
5ヶ月 音遊記は沈黙しておりました。

 

 

さて
タイトルにある通り
今回はこちら

*世界で一番キライなひとを愛してみた*

 

 

あなたが
いちばん好きな人は誰ですか?

あなたが
いちばん嫌いな人は誰ですか?

いちばんって
なかなか選べないものですが

 

 

あえて選ぶとして
嫌いという言葉 に ぴったりくるヒト が
僕にはいました

 

 

ばぁーちゃん♡

父方の母

 

 

 

もうずっとずっと
ばあちゃんへの憎しみや嫌悪は
膨れ上がり、ずっとずっと溜めていました

 

 

 

悪口 や 愚痴 を 書きたくて
いま記事 を 書いているのではなく
僕の 心の変化 を シェア したくて書いています

 

 

 

この
”嫌い” な 気持ちは
家族みんなに伝えていました

 

 

 

父、母へ
ぼくは、ばあちゃんが嫌なんだって
伝えていました

フルオープンで嫌いを表現していました。

 

 

 

何が、嫌いだったのか?
すべてが嫌いでした

 

 

ぼくの生きる時間を
何もかもコントロールする話し方

すべてが
上から目線の説教話

 

 

他人の
前では笑顔でも

僕の
前では怖い顔をする

 

ああしなさい、こうしなさい

ばあちゃんからの
教えに何ひとつ
納得できない

 

 

 

素直に聞くことが
できない僕がいました

 

 

知らない赤の他人から
あーだこーだ言われるなら気になりません

 

 

けど、日常的に
コントロールするような言葉を浴びせられる

 

 

鳥かごの中に
閉じ込められているような

 

こう生きなさい
お金はこうやって使いなさい
贅沢な生活はするな
人と接するときは、疑いなさい
誰も信じてはいけません
私は、いっぱいいっぱい苦労したんだ
いまの時代は恵まれている

 

 

 

何度も何度も
無限ループ で 再生される

ばあちゃんの人生苦労話

それ何度も聞いたよ。。。 

 

 

質問される内容は

まるで
尋問、事情聴取のよう

 

 

あのひとはだれ?
あのひとはどこのひと?
なにやっているひと?
どこに行ってたの?

 

 

 

もう聞きたくない…
話したくない…

一緒にいたくもない…


マジで 殴ろうとした


 中学生くらいになると
反抗できるようになったりもする

 

 

 

イライラはつのり、嫌悪の種はふくらむ。

 

 

本気で
死んでしまえばいいのに
どうか、いなくなってくれよって
と思いました。

 

 

 

ニュースでみた
子どもが家族を殺める事件
その子どもの気持ちが僕にはよくわかりました。
(この気持ちも、あとから両親へ直接伝えました)

 

 

 

何度も
手を出しそうになりました
拳を握りしめて
歯を食いしばって

 

けど、なんとか抑えて

 

 

 

それは悪いこと、悪いこと
やっちゃいけないって自分に言い聞かせ

 

 

 

 

自分の気持ちにフタをしました
物に当たったり
時に部屋の壁をパンチして穴をあけたり

 

 

 

がむしゃらに
夜の暗闇を全速力で走ったり
湧き上がるエネルギーをどこかに放ちました

 

 

 

 

 

勇気がないのか
本音をぶつけるのが苦手なのか
いい子?だからなのか

理性が働いてるからかはわかりません

 

 

 

それでも、
ぼくが手を出さないのは
家を飛び出さないのは

 

 

根っこでは
ばあちゃんが好きなのでしょう

どんなに 否定 されようが
どんなに 管理 されようが
どんなに 自由 を奪われようが
どんなに 比較 されようが

 

そんな 行為をするあなたは嫌い だけど
あなたの 存在そのもの は好き

 

なのでしょう

 

 

 

さてさて。
そんな、僕です、、、

 

 

 

成人しても
ばあちゃんへのトラウマは消えません
ばあちゃんへのレッテルは消えません

 

 

ばあちゃんの
中にあるだろう

良いところ
愛 と 光

を見ようともしません

 

 

 


逃げる選択


ばあちゃんと
同じ空間にいると
嫌な 説教 が始まる

 

 

 

なるべく
家の中で会わないようになりました
(ぼくは、両親とばあちゃんと一緒にくらしています)

 

 

 

ばあちゃんが
リビングにいる時は
リビングにはいきません

 

 

 

ぼくが
リビングにいて
ばあちゃんがやってきたら
すぐ自分の部屋に逃げました

 

 

 

それしか
僕が苦しまない方法を
見いだせなかった

 

 

 

対面したら
言葉を浴びせられる

反発しちゃう、苦しむ、、、

 


おれ かわった?


 

今年の秋頃かな

 

 

ある日
リビングにいたぼく
ばあちゃんの足音を耳にして

 

 

いつものように逃げようとした

けど。。。。

 

 

ぼくは、
僕の時間を捧げようと
思った

 

 

 

なぜだかわかりません

ぼくは、
ただ聴きました
おなじみの説教

 

 

 

 

あれがカラダにいい、悪いという
テレビがすべての情報源の健康話
こうしなさい
ああしなさい

 

 

どの話題にも
ただ聴きました

 

 

その聴くは
全てを捧げてききました

 

 

 

受け流したり
上の空で聞くのではなく
何か別の作業をしながらとか
食べながら飲みながらではなく
スマホをいじりながら聞くのではなく

 

 

 

世に出回っている
傾聴法 的 な テクニックでもない

 

 

カラダをむけ
目をみつけて
うなずきたい時はうなずいて
質問があれば、質問して

 

 

親友たちと接するように

 

何も構えず
余計な思想を
挟まずに聞いていました。

 

 

これには
本当に驚きました

 

 

今まで
これができなかったんです。

 

 

家族以外の
ヒトを愛せるのに
なぜか
家族へこれができない

 

 

距離が
近ければ
近いほどできない

心の距離が遠い 

最初は

「 よし!
  今日は心が平安だから
  たまには、
  ばあちゃんの話、聞いてやっか!」

 

そんな
ぼくの”上から目線”のスタンス。

 

お互いの正しさ をぶつけ合う
権力闘争 をやめて、ただ聞きました

 

 

気づいたら
上も下も感じさせない
時間が流れていました

 

 

 

そこには
喜び
があるんです

 

 

 

ただ
聞いているだけなのに
聞く行為そのものが喜びでした

聞いてあげている
時間をとってやってんだかんね

 

 

というような

 

 

上から目線の
損得感情や
犠牲の心持ちがどこにもない

 

 

何も評価せずに
裁くこともせずに

 

ただ聞けている
僕がいました

 

 

気づいたら
2時間が過ぎたのかな

 

 


今年いちばんの出来事


ばあちゃんとの
時間はあっという間に過ぎました。

 

 

 

最後の最後に
ばあちゃんが

 

 

ばあちゃん自身の弱みを

さらけ出したのです

 

 

「 よしき。
  誰にも言わなかったことを話す。 私はね、、、、」

 

 

 

 

ばあちゃんの共感できない

無限ループの苦労話とは全く違う

幼少期のトラウマを話してくれました

 

 

生まれてからずっと
母に大切にしてもらえなかった

というような内容でした

 

 

 

母がいない
愛してくれたひとがいない
誰も信じれない。母が信じれないのだから。
誰かを疑う。母を疑っているのだから。
誰かを攻撃する。自分が傷つかないように。
人生に喜びを見いだせず、命を捨てようとしたこともあったという。

 

 

 

ぼくは、それを聞いて
納得しました。

 

 

 

 

な~んだ!

ばあちゃんも僕と一緒じゃん

 

 

 

 

詳しくはこの記事

さみしがりやの
かまってちゃんなんじゃん!って笑

 

 

 

 

マジで、このヒトは
根っからの悪人なんじゃないかって思っていたw

 

それは
僕の失礼な勘違い

不安や怖れが根っこにある

 

 

大事に大事に
他の誰かに
もう二度と傷つけられないように
自分の足で立って
守って生きてきたんだ

 

 

 

 

母からの
絶対的な愛を
もうばあちゃんは今生では
受けることはできない

 

 

母から
“愛される”という経験がない

ただ、ぎゆーって

抱きしめてもらうだけでいいんだろうに

 

 

もちろん、
他のひとから愛されたからこそ
ここまで生きてこれたんだけど

 

 

大きな閉ざされた心の傷口を
わざわざ開いてみせてくれた

 

ぼくが
抱いてきた憎しみや悪意は

とば~っと溶けていった

 


愛せた記念日


ばあちゃんを

愛せた記念日

 

 

価値観の違いで
イライラしたり、爆発したり
ばあちゃんのやったことを
許せないって思ったり

 

 

 

 

ぼくも
ばあちゃんも
お互い 精一杯 生きてきて
本当は、
正しい ・ 正しくない もない

 

今まで
ばあちゃんを
愛せなかった僕を
許せた記念日でもありました

僕自身を許せた

 

 

 

今まで
ばあちゃんが
愛せなかったね

 

辛かったね
苦しかったね

 

うん、愛せなかった
苦しかった
愛せた
許せた

 

 

苦しみ・辛さ
心の痛みは
どこかにとんでいって

そこには
喜びがありました

 

 

あ~
ぼくは、ばあちゃんを愛するために
この家に生まれて来たのかな~笑

って調子に乗っちゃいますw

 

 

 

 

ばあちゃんの母の想いが
時空を超えて
ぼくと調和して

ばあちゃんを
ぎゅーとできました♡
(はなしを聞いただけだけど)

 

 

80歳を超えて
誰にも伝えていないという
人生最大のトラウマをシェアしてくれたことが
なによりも嬉しかった

 

 

 

それが
ぼくが世界で一番
キライなヒトだからこそ
嬉しかった

心を開いてくれたんだ


ありがとうの変化


その後
ばあちゃんに
変化がありました。

 

 

今まで
ばあちゃんから
「ありがとう」 
を聞いたことがなかった

 

 

 

 

 

いつも
「はい、どうも~」
っていう

茨城弁の便利な言葉で返された

 

 

 

 

 

それも嫌だったw
え?ありがとうじゃないん?
どうもって、なんだよ… (ーー゛)

 

 

 

そんな
ばあちゃんから
お使いを頼まれたとき

「どうもありがとうございました」って

丁寧に伝えてくれたの

 

 

感動した!w
こんなにうれしい、ありがとうは

 

 

 

ありがとうを
口にしなかったヒトからの
ありがとうは嬉しかった。

 

 

この前
ばあちゃんと会話してて

また イラッ! が 再発したの

 

 

 

そのとき、手が勝手に
ばあちゃんの頭をなでなでしてた

こどものような笑顔で
可愛げに反応してくれた

 

 

 

なにやってんだおれ?笑


なが~くなりなりました


 

ここまで読んでくれて感謝です

 

 

 

今年一番の出来事でした、
僕の心の傷が癒えた大きな出来事

 

 

愛の道を遊ぶ楽しさを
少しずつ味わえる大人になってきたかな

 

 

 

 

 

ばあちゃんのママ
ぼくがあんたの分まで
愛するから安心してな!

 

 


*ごじゃごじゃっぺ音遊記*

 

みゅ〜じん 小出卓哉主催の
常世の国プロジェクト のみの市

 能舞台で和太鼓とベリーダンスのコラボをしました。
@古民家 華の幹

 

 

 

 

かおるしゃん、ありがとん♡

 

 

わっしょい!

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    • AMERI
    • 2017年 12月10日

    歳上の方がはるかに行きにくい人生を送って来たのではないかと思う。男は女はこうでないとと誰かが決めつけた人生を歩んできて小さな世界でしか生きていけない正解や真実を探す術がない世の中。おばあちゃんの性格はそんな時代を生きてきた証だと思う。時間と余裕がおばあちゃんの話を聞くきっかけになっておばあちゃんの話を嫌いでも聞くって素敵だと思いました。おばあちゃんの母もまた長い年月をかけて愛が歪んでいたのかも知れないと思ったら素直になれて弱味を吐けたおばあちゃんがいとおしくなりますね。

    • AMERIさま

      誰かがうんだ、あるべき姿を重んじるこころ
      嫁入りした妻はこうあるべきみたいな
      そのこだわりはなんなんでしょうってくらいに
      大切にしてきた先代の方たち。

      鎧を着込んだばあちゃんだからこそ
      そんなひとの
      すっぴんすっぽっぽんを拝めたいな〜と淡い期待をしています。

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